VOL.8IconINDIAN MUSIC COLUMN
[2019.10.20/コラム]
インドの時間。ラーガのムード。

ラーガってどんな感じ?インドで暮らす新井孝弘さんにコラムを書いてもらいました。

主奏楽器と伴奏のタブラだけのミニマムな編成で何時間も観客を感動させられるインド音楽。北インド古典音楽は、即興演奏。演奏中、演奏者はいったいどんなことを考えて、なにを感じて演奏しているのでしょうか?インドのムンバイで暮らし、師匠のツアーマネージャーやレッスン、自身の演奏などインド音楽の研鑽に励んでいるサントゥール奏者・新井孝弘のインド音楽コラム。

COLUMN / 1

インドの時間。ラーガのムード。

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ラーガとは500以上あると言われていて、今の時代によく演奏されるラーガは150くらい。演奏者はその中の一つのラーガを選び、そのルールを逸脱しないように即興で演奏を展開していく。一つ一つのラーガにそれぞれ名前がついており、特有のムードがあり、演奏されるべき時間帯が決まっている。こんな決まり事があるところが、インド古典音楽の面白く美しいところであると僕は思う。

夜のラーガ、早朝のラーガ。日本で聴いていたときには「あれ?こんな感じ?」と思っていた。インドで暮らして13年。ラーガと時間の関係は空模様や気温、そしてインドのライフスタイルと密接に関係していると感じる。

朝は、起きてまず水浴びをして体を清め、神様への祈りを捧げる時間。昼は日差しが強いので昼食を食べて昼寝をしたり家の中でゆっくり過ごす。夕方になり日が落ちてくると気温も下がり、外に出て遊んだり買い物したりする。夜暗くなると家に帰って家族団欒。

日本では朝は爽やかで活動的なイメージだけど、僕の感覚ではインドのライフスタイルの通り、朝のラーガは厳かな印象だ。昼のラーガはすこし気怠いようなムードを持ち、夕方のラーガはロマンチック、夜のラーガはスイートで、深夜のラーガは重厚。全てのラーガに当てはまるわけではないが、全体的にインドの日々の営みやダイナミックな気候とリンクしていると感じる。

時間以外にも春のラーガ、雨季のラーガなどその季節にしか聞けないラーガというのも存在する。

必ずしも時間の制約に従う必要はないけれど、その時間に聞いた方が心地よく聞こえるという感覚。インドで暮らして気づいた大切なことのひとつだ。
南インド古典音楽ではこの時間の制約が撤廃され、どのラーガもいつ弾いてもいいとされている。

COLUMN / 2

演奏は一曲で一枚の絵を完成させる感覚。
どんな色の絵具を使うのか、どんな形のモチーフを使っていくのか。

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北インド古典音楽は即興がとても重要な要素となっている。なので一曲が一時間以上の長いものになることもしばしば。いったいどんなことを考えて演奏しているんですか?と聞かれることも多い。
演奏について、僕が習っているスタイルで、僕なりに考えてみた。

ラーガは5音〜7音で構成されていて、西洋音楽のスケールとも似ているけど、 さらに厳格な様々なルールがある。

僕はいつも、一曲を一枚の絵を完成させる感覚で演奏する様に心がけている。

静寂にタンプーラの音が響き出して、まずはアーラープと呼ばれるビート(拍)がない独奏が始まる。アーラープは僕の解釈では鼻歌のような感覚だ。ビートは存在しないが、呼吸のように流れがある。そして演奏する上でとても重要なパートで、ラーガの持つムードをゆっくりと展開させていく時間でもある。基本となるSa(ド)の音から1音ずつ徐々に高い音を表現し、1オクターブ上のSa(ド)まで上がっていく。

この演奏でどんな色の絵具(音)を使うのか、
どんな形のモチーフ(フレーズ)を使っていくのか、それらをゆっくり紹介していく。

アーラープの次はジョールというパート。ここではビートがなかったアーラープにパルス(拍)が現れる。これはタブラと演奏する時のターラ(拍子)とは違い、リズムのサイクルはない。たとえるなら心臓の鼓動のように脈を打つような感じ。リズムの概念が加わるため、メロディがもっと多面的で幾何学的になっていく。

続いて、テンポが上がりジャーラーというパートへ進む。ジャーラーはジョールの約2倍のテンポでリズムが刻まれ、高速ビートの中で多様なメロディーが紡ぎ出されていく。

ここまでの3つのパートでメロディ奏者の独奏が終わり、静寂のなかにタンプーラの音が響く。

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Photo:喜多直人

独奏が終わるとタブラとの合奏へ続く。ターラというリズムサイクルが加わり、そのサイクルがグルグル回り続ける。まずはゆっくりなテンポのヴィランビットというパートから。それは7拍子だったり、10拍子だったり、16拍子だったり、いろいろなターラがある。

合奏ではサントゥールとタブラのソロの回し合いが見どころ。サントゥールがモチーフを提示して、色々な形に変形させたり伸び縮みさせたり、ターラの中で展開させていく。そしてソロに終止符を打つ時にテハイを決める。テハイとは同じフレーズを3回演奏して、ぴったりとサイクルの1拍目(サムと呼ばれる)に戻ってくるインド音楽独特の技法。

ここでの演奏を僕なりにわかりやすく表現するなら、テトリスのようなイメージ。一周のサイクルの中にどんな形のブロック(モチーフ)を置いていくか考え、ブロックを積み上げていき、テハイを決めて真っ新にする。こういう言い方をするとヘンに誤解されそうだけど、カチッとはまっていくスリリングさと気持ちよさがある。

僕のテハイが決まると次はタブラのソロが始まる。サントゥールはこの時、ラーガの作曲されたフレーズであるスタイを弾きながらリズムサイクルをキープする。タブラもテハイを決めてバトンタッチ。お互いにソロを回し合いながらテンポを徐々に上げていく。

ある程度テンポが上がったら、リズムサイクルを変えて速いテンポのドゥルットというパートに入っていく。ここは12拍子だったり16拍子などの拍子が選ばれることが多い。またムクラいうメロディの始まりの場所があり、1拍目からメロディーが始まることは稀。こんなところもインド音楽ならではの美学だと思う。ターンと呼ばれる高速なパッセージを弾き、そのムクラを捕まえる。タブラとソロを回し合いながらテンポをどんどん上げて行き、最後はジャーラーという超高速パートにいき、限界までテンポを上げてテハイで終わらせる。

インド音楽はどう始まってどう終わるか2人で決めているの?とよく不思議に思われる。僕にとってタブラとの即興合奏は会話のようだと思っている。さらにインドのすごい人たちの演奏はテレパシーの域まで行ってしまう。そんな域まで到達できるように、僕は日々研鑚をしなくてはならない。

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文:新井孝弘(サントゥール奏者/ムンバイ在住)
写真はインドの色かけ祭り「ホーリー」での一枚。ずっと家族のように接してくれる宝石屋さん一家と一緒にパチリ。

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